「Meditation」「瞑想」という表現

座禅をする澤木興道

瞑想に関しては複数の言語間での翻訳の行き来に伴う表現の混乱があるので若干の注意を要する。

"Meditation" という言葉はラテン語の "meditatio" から由来している。

ローマ時代の「羅: meditatio」は「精神的/身体的な訓練/練習」全般を意味していた。(研究社『羅和辞典』より)

その後、ヨーロッパにおいてはもっぱらキリスト教が発展したので、ヨーロッパ諸語の"Meditation"とはキリスト教のそれを指し、神、イエス・キリスト、聖母マリア等を心の中でありありと想い浮かべることを、意味するようになった。これはどちらかといえば仏教における「内観」あるいは「観想」に相当する。ただし日本ではその" Meditation "を「瞑想」と翻訳するのが一般的である。

一方、「内観」「禅定」等の仏教用語や「ヨーガ」などが、欧米においてはしばしば"Meditation"と翻訳されるため、それらを紹介した欧米の書物がさらに和訳される際(いわば再輸入される際)、それらが元の「内観」等ではなく、"瞑想"と訳されていることも少なくない。つまり翻訳で「瞑想」や「メディテーション」と表記されていても、その指示対象は日本人が「内観」や「ヨーガ」と呼んでいるものであるかも知れず、やはり混線が生じている可能性があるので注意が必要である。